口臭消し飽くなき追求

東京都内の会社員、松井由香利さん(仮名、39)は、三本の歯ブラシと四種類の歯磨き剤を使って歯を磨くのを朝晩の習慣にしている。

まず普通のブラシに、歯を白くするという歯磨き剤をつけて大ざっぱに。続いて硬めの毛のブラシと普通の歯磨き剤で口の奥や、歯と歯の間を重点的に。最後に液体かジェル状の歯磨き剤を毛先が細く柔らかいブラシに付け、歯と歯茎の間をマッサージする気分で仕上げる。
一カ所を五十回ずつ数えながらブラッシングするので、磨き終えるのに十分はかかる。昼間は洗口液や歯磨きガムを活用。二、三ヶ月に一度は、歯垢(しこう)を取ってもらいに歯科医に足を運ぶ。
「口臭は一番幻滅してしまうもの。口臭のする人に会うと、ああはなりたくないと・・・思うから」と松井さんは話す。

埼玉県立所沢青年の家で昨秋開講した「平成男前講座」。恋愛にシャイな男性の魅力を引き出し、変身させるという講座のテーマの一つに、歯科衛生士による歯磨き講習が盛り込まれた。
同県内に住む公務員、竹田誠さん(仮名、28)は、講習で行われた検査で「真っ赤に染まった歯」に衝撃を受けた。歯垢がついているサインだ。以来、職場でも食後には歯磨きに余念がない。「気を使っている分、口臭がない自信が持て、しゃべり方も明るくなったと思う」と竹田さん。

昨年、ライオンが首都圏に住む男性百人を対象に実施した調査では、「気になる体のにおい」のトップは約半数の人が挙げた「口臭」。特に十七〜二十四歳の若い層では六割を超えた。
こうした傾向は、洗口液や液体歯磨きの売り上げにもくっきり表れている。日本歯磨工業会によると、九一年に二十六億円だった出荷額は、昨年には四倍強の約百七億円に膨れ上がった。メーカー側も「今後もまだまだ伸びる」とみる。

もっとも、専門家の間には過敏ぶりに困惑する声もある。千葉市にある東京歯科大病院には、「口臭がひどくて」と訴える人が遠方からも集まってくるが、角田正健・同大助教授によると、実際に問題があるのは半数程度。
口臭レベルは低いのに「ひどい」と思い込んでいる人に限って、普通の人より歯磨きが行き届き、清潔に保たれていることが多いという。
「全くにおいがないということはあり得ないのに。生活に余裕ができて、より快適に、清潔にしたいのでしょうか」と角田助教授。
「口臭を消したい」という飽くなき追求は、とどまるところを知らない。

                                                日本経済新聞'96・9・10