全国の歯科医師らが提訴
自民党組織と表裏一体で運営する
日本歯科医師会の怪

1998.10.30(週間金曜日241号 P.24-P.25)
この記事は、週刊金曜日の許可を得て転載しています。
転載される場合は、週刊金曜日あてに、許可を得てください。

週刊金曜日:編集人;松尾信之 発行人;本多勝一
この雑誌は医療法人ほんだ歯科が支持しています。



日本歯科医師会に入ると、同時に政治団体にも
加入させられ、献金させられる。
こんな理不尽はないと
歯科医師たちが裁判を始めた。
(杉山正隆)
すぎやままさたか・1962年生まれ
ジャーナリスト、歯科医師、元毎日新聞記者
日本ジャーナリスト会議会員。北九州市在住




  日本歯科医師会(以下、日歯)は1948年、社団法人として設立された。歯科医療全体の発展をめざす学術団体である弁護士会などのような強制加入ではないが、今年七月末現在の会員数は6万2830人。会員は都市区、都道府県、日歯の三つの歯科医師会に同時に加入するのが基本で、入会金は数百万円、会費は開業医で年間五十万円前後の場合が多いようだ。
 
 各歯科医師会が主催する保険講習会で、歯科医師免許を持つ厚生省の技官らが説明することがあるが、あくまで会員対象。「非会員は情報が回ってこない。入会金は高いが入会したい。」(新規開業医)という。
  
歯科医師の多くは保険診療が主体のため、厚生省などによる指導・監査や、社会保険新療法集支払基金、国民健康保険連合会などに治療内容を審査される。指導や審査は毎年強化され、「医学的に妥当な治療をしても、審査は厳しくなるばかりだ」との声を聞くことが多い。


行政と癒着し盾突くと報復


  この審査や指導に、最近まで日歯や都道府県歯科医師会が深く関与していた。指導・監査の対象医療機関を選定する際には歯科医師会幹部が立ち会い、支払基金などの審査委員を推薦してきた。行政との癒着も目立ち「歯科医師会は厚生省の権限という虎の威を借る狐だった」(元日歯幹部)の声もある。幹部が指導の対象にならずにすんだり、逆らうとし審査を厳しくされることは日常茶飯事だったという。「歯科医医師界に盾突くと報復が怖いとの思いは、今でも歯科医師の間に根強い。

  そして、日歯に加入すると、日歯の政治団体で、自民党の有力支持組織である「日本歯科医師連盟」(以下日歯連盟)にも加入させられるのである。この日歯連盟が会員の退会を認めないのは思想・信条の自由を侵害しているとして、歯科医師10人が10月5日、日歯連盟などを相手に退会の確認と、一人当たり300万円の慰謝料などを求める訴えを鹿児島地裁に起こした。原告団によると、退会届が数年にわたり宙に浮き、その間、日歯連盟は一人当たり年間3万5000円の会費を自動的に徴収している。そして裁判を起こさないと退会できない事態が今も続いているという。

  提訴したのは、鹿児島県鹿屋市の歯科医院委員長、近藤 彰さん(53歳)を団長とする大分、鹿児島、福岡、山口、岩手各県の10人。近藤さんら二人は鹿児島県歯科医師連盟も相手取った。

  訴状などによると、10人は1995年11月から今月にかけて日歯連盟に対して退会届を提出した。これに対し日歯連盟は、日歯の広報紙『日歯広報』(毎月三回発行)で「日歯を退会することによって日歯連盟を退会するしかない」との方針を表明。退会届の取り扱いは保留となっている。このため、近藤さんらは@日歯連盟の会員でないことの確認、A退会の意思を示した時点から現在までの会費の返還、B一人300万円の慰謝料の支払いなどを日歯連盟に求めている。

  問題となっている日歯連盟は、政治活動ができない公益法人の日歯が「日本歯科医師政治連盟」として54年に設立した政治団体だ。自民党を一貫して支持し、96年末現在の会員数は5万1188人。日歯の会員数との差は、70歳以上の終身会員は「日歯連盟入会を免除されるため」(日歯連盟事務局)という。日歯会長の中原爽参院議員が日歯連盟会長をかねるなど、日歯連盟幹部のほとんどが日歯の幹部と重複している。


 このため日歯と日歯連盟の活動の「混同」は日常的だという。たとえば、今年7月の参議院選挙時に、近藤さんの自宅に自民党候補の決起大会参加を呼びかけるファックスが鹿屋歯科医師会会長名で届いた。また昨年9月、三重県津歯科医師会は「自民党員を集めない会員は学校医の選定基準から除く」との文書を出して問題になった。『日歯広報』は7月の参院選の前後、歯科界代表候補の活躍ぶりを詳細に掲載した。日歯の事務所は日歯会館にある。都道府県歯の職員が連盟の議員に横滑りすることが多いという。「歯科医師会は自民党の職域支部」と自他共に認めており、ある日歯幹部は「日歯と日歯連盟は表裏一体」と話す。

  日歯連盟の光安一夫・副理事長(日歯専務理事)は「日歯連盟に対するこうした提訴は始めてで、たいへん残念だ。日歯と日歯連盟は車の両輪。何が問題なのか」と今回の提訴に戸惑いを隠せない。

  では、日歯会員が日歯連盟を退会するにはどうしたらいいのか。定款には退会の規定は全くない。日歯連盟は「入会は強制ではないが、任意加入でもない」との苦しい説明をし「当然加入論」を取っている。「『当然、そうあってしかるべき』問いう連帯的な協調理念から当然加入にご理解とご協力をお願いしています。(中略)退会ということには、日本歯科医師会を退会することによって自動的に退会するほかに方途はない。日歯の目的達成のために(日歯連盟に)入会している自覚が必要」(『日歯広報』97年2月15日号)とも説明している。

  「日歯連盟をやめるには日歯もやめるしかない」・・・・。歯科医師にとってこれはショッキングな言い分だ。退会すれば高額な入会金などは返還されず、入会のメリットがそのままデメリットになる。原告の近藤さんらは「日歯退会など考えたこともない」と口をそろえる。「一つの政党だけを支持するのはおかしい。歯科医師会は純粋な学術団体であるべきだ」と強調する。

  原告団の井之脇寿一弁護士によると、退会届を出しても未納扱いにして、本人が死亡した際に取り立てるケースもあるという。なぜここまでして、日歯連盟は会員を退会させたくないのか。幹部の一人は「会費が減ると困るからだ」と解説する。日歯連盟には年間約18億円の会費が納入され、かなりの金額が自民党に献金されるという。また、会員の多くは自民党員にもなっている。

  今年7月の参議院選挙で、日歯連盟の推す現職候補が自民党比例区の名簿に4位に登載され、当選を決めた。(社)日本医師会の政治団体で任意加入の日本医師連盟の現職候補(医師)が16位に冷遇され、涙を飲んだのとは対照的。前回の選挙では日歯の中原会長が新人にもかかわらず3位と上位に登載され、、歯科関係者は沸き返った。

法的に意味がない「当然加入論」


  法曹関係者の間では、会員でないという身分の確認や、退会届提出後に徴収された会費の返還については、原告の主張が認められるのはほぼ間違いないとの見方で一致している。政治団体は任意加入であり、「当然加入論」は法的には意味がないためだ。

  争点は、不法行為による慰謝料の支払いに絞られそうだ。日歯連盟などへの入会を歯科医師会入会の条件にしたり、自民党入党を強制し政治活動を強いている実態が明らかになれば、公益法人としての日歯のモラルも問われるだろう。

  日歯連盟退会の動きは全国に広がり、東京、三重、宮城、岡山などの歯科医師が退会の意思を示している。「原告団を支援する会」発足に向け、200人を超す歯科医師らが賛同を明らかにしている。第二次提訴へと進みそうで、この動きは更に広がっていきそうだ。

  薬剤師会などの多くの業界団体も政治連盟を持ち、同じような問題を抱えている。南九州税理士会が政治献金名目で特別会費を徴収したことなどに反発して提訴し、一昨年に最高裁で「会費納入の義務はない」の判決を勝ち取った牛島昭三税理士は、「私は税理士会本体が相手だったが、今回は政治団体が相手。多くの組織が公益法人と政治活動の区別をあいまいにして活動している。日本の政治文化を厳しく問う提訴だ。」と話す。

  保険医という「足かせ」がある歯科医師は、歯科医師会などに指導・監査をちらつかされると弱い。そこをあえて原告らは提訴に踏み切った。業界団体がいったい誰の物なのか、その存在意義そのものが問われている裁判と言えそうだ。
この記事に関連した新聞報道や
原告団の一人である麻生先生からの私信などを
歯医者さんのためのトピックスに載せております。

  
    
戻る