急増する「自臭病」自信回復させる治療 

実際には口臭がほとんどないのに、自分はにおいがあると思い込み、人と会うのが怖くなる。時には登校拒否にまで陥る。「自臭症」。こんな症状の若者が増えている。「あなたに口臭はありません」。歯科医がいくら説明しても納得せず、あちこちの歯科医院を転々とする。この患者の増加に注目した東京医科大口腔(こうくう)外科の内田安信教授が、名付けた症状である。

内田教授は六年前、東京・新宿の同大病院内に「口臭外来」を新設した。昨年夏、同外来を訪れた静岡県の高校二年生A君。口のにおいが気になり一年近く休学していた。陸上部の選手で長身のA君は、一年生の時に友人から「おまえ、臭いぞ」と言われてから、急に口臭が気になりだした。「何人もの友人から同じことを言われたのでしょうか。実際はにおいがほとんどないのに、すごく落ち込んでいました」と内田教授。「自分の口臭が周囲に迷惑をかける」と言って、外で人と会うのが怖くなったという。
口の中はむしろ清潔
内田教授の治療は、内臓の病気で口がにおうこともあるので、まず胃や肝臓などの内科の病気はないか確認した。心理的要因が大きいと分かると、患者が自信を回復するためのプログラムを始めた。
「においません」といくら言っても納得しないA君には、「口の中は、普通の人よりきれいですが少し汚れているところがあります。それを取り除くとにおいもなくなるでしょう」と説聞した。
歯に染色液を付けて、歯のどの部分が汚れているかを本人に納得させたうえで、食べたらすぐ磨くことにした。
自臭症の人はたいてい、こまめに歯を磨いているため普通の人よりはるかに口の中はきれいだが、「どんなに細かく磨いても必ずどこかに歯こうがたまっているもので、その汚れを『におい』の原因だったと思い込ませるのです」。
A君の場合も奥歯の裏が少し汚れており、これを取り除くように指示した。一日に何度もブラッシング。二週間後の次の診察日には、"宿題の歯こう"もかなり消えていた。
「少しずつきれいになってきましたね」。内田教授の言葉でA君の表情に閉るさが戻り始めた。同じ「宿題」を繰り返し、三か月後の診察では内田教授が考案した口臭判定マスクで、三人の医師が交代でA君の息をかいた。
「昔はにおったかも知れないが、今はもう大丈夫」と笑顔で説明する。自信を取り戻したA君は二学期から元気に登校できるようになった。
同病院を訪れる自臭症の患者は、平成三年が二百八十七人。十年前の二倍以上に当たる急増ぶり。二十代が目立ち、女性が九割以上、という。
中には電車に乗れなくなったり、何度も見合いがうまくいかなかったりしたのは、口臭のせいだと思い込み相談にきたOLたちもいた。
内田教授は「口臭を気にして自殺する人もいるだけに決しておろそかにできない症状だ。生活にゆとりができ、テレビCMなども髪や歯の清潔感を強調、必要以上に敏感になりやすい背景がある。歯科の世界でも心身両面からのアプローチをもっと研究する必要がある」と強調する。
                                                     読売新聞'93・5・12