呼気生化学の現状と将来 歯科領域から
歯周病治療における口臭ガス測定とその意義

この記事は(株)ミトレーベン研究所及び(株)アデントの転載許可を得ています。


大阪歯科大学歯周病学講座助教授  上田 雅俊
Relationship Between Gas of Halitosis and
Periodontal Parameters

Masatoshi Ueda
Assistant Professor,
Department of Periodontology, Osaka Dental University
8-1 Kuzuhahanazono-cho, Hirakata-shi, Osaka, 573-1121, JAPAN


はじめに

 近年、消臭作用があるとされて市販されている洗口剤のシェアーが高くなってきたことからもいえるが、 口臭に対する国民の関心が深まってきている。したがって、われわれの附属病院でも、 おのずとそれを主訴として来院する患者が年々多くなってきている。 また、その患者のなかには口臭心身症ではないかと思われるように深刻に考えている患者も少なくない。

1.口臭の原因とそのメカニズム

 口臭には生理的な口臭(増齢、早朝、空腹、月経時、緊張性)と病的口臭がある。 病的口臭の原因としては、全身的には、たとえば胃などの消化器官、鼻疾患、呼吸器疾患、糖尿病、腎臓病、 尿毒症などがある場合が考えられる。口の中の原因としては、たとえば、齲餌(大きな虫歯)、 不適合歯冠修復物(かぶっているものがあっていない)、歯冠修復物の脱離(かぶっているものがはずれている)、 あるいは歯周病(歯槽膿漏症)を有する場合などがあるが、1番大きいのは口腔清掃不良(歯がみがけていない)、 すなわち、プラークコントロールができていないというのが口臭の最大の原因である。

 もともと、口臭の元とされている悪臭成分はアンモニア、アミン類、硫化水素、メチルメルカプタン、 インドールなどであるが、これらは口の中に存在する蛋白質が、 同時に数多く生息する細菌の酵素活性により分解された産生物質であるとされている。 すなわち、プラークが存在しないと口臭がしないということになり、前述した原因とよく一致する。

2.口臭の検査装置について

 口臭成分を、実験的には大きな設備を必要とするgaschromatographにより分析する方法があるものの、 実際の臨床の場では、主観的な方法としては嗅覚により判定(官能試験)するか、客観的な方法としては、 前述した口臭成分のメチルメルカプタンの濃度を捕える口臭探知器は女性週刊誌などにも紹介され、 一般向けのものあるいはそれよりも精巧なものが医療機関用として市販されている。

 しかしながら、主観的に明らかに口臭があると判断した患者でも、さきに述べた市販の探知器で測定した結果、 正常値を示す症例もあることは日ごろよく経験するところである。

 そこで、われわれは、メチルメルカプタンではなく、アンモニアをターゲットにした口臭検査装置を開発し、 それを指標として歯周病患者に応用した。

 その測定方法は、被験者に尿素水(200mg/20ml)を30秒間口に含ませ、5分経過後50mlの口腔内ガスを吸引し、 検知管と反応させ、検知管の変色した長さを計測するものである。 その値(mm)を標準曲線でアンモニアの濃度(ppm)として算出した。

3.Gas chromatographで分析したメチルメルカプタンの量とわれわれの開発した口臭検査装置で測定したアンモニア量について

 日本環境衛生センターの臭覚スクリーニング試験に準じた判定で口臭のある患者7名のgas chromatograph で分析したメチルメルカプタンの量と口臭検査装置で測定したアンモニア量を患者ごとにプロットしたのが図1である。 両者の間には有意な正の相関性が認められた。

 この事実により、われわれの開発した口臭検査装置は、口臭を客観的に評価できるといえる。


4.口臭のしない者の実験結果

 図2は健常者、すなわち、口臭のしない者のブラッシング前後、食事前後、 食後のブラッシング後および食事後1時間半の検知管の測定値を示したものである。 食直後に数値はやや低下していたが、統計学的には有意の差は認められなかった。 また、その他の時期はあまり変化はなかった。このように、口臭をしない者の測定結果では、 検知管の1cm以内、すなわち、アンモニア量で換算すると16ppmが正常範囲といってさしつかえないと考えている。


5.口臭をする者の測定結果

a.1症例について

 前述したように、歯冠修復物の脱離が口臭の大きな原因であるが、その典型的な1つの症例で解説する。 患者は口臭を主訴として来院した59歳の女性である。歯肉にはさほど炎症はないが、 のブリッジの支台歯の5番およびのブリッジの支台歯の5番が、 それぞれ歯の破折および齲蝕のため、脱離していた。それ以外はX線的にもそれほど問題はなく、 プラークを染めてみても、プラークの蓄積も極端ではなく、プラークスコアー(PCR値)は37%(全く清掃されていない場合は100%)であった。 したがって、この患者の場合、ブリッジの支台歯の脱離が口臭の原因であるということは明らかである。

 治療ステップにおけるアンモニア量をグラフ表示したものが図3である。 初診では平均180ppmを示した。2回目のブラッシング後1週間目、この時期のPCR値は24%であったが、 アンモニア量は平均110ppmと低下した。左上5番を抜歯し、暫間ブリッジを装着した時期、すなわち、 左上5番の抜歯後3週間目ではアンモニア量の平均値は100ppmを示した。その後、のブリッジを装着し、 今度は右下5番を抜歯した。その抜歯後2週間目でのアンモニア量は平均70ppmであった。 右下5番の抜歯後1ヵ月目では、アンモニア量の平均値は42ppmを示しており、 初診時と比較すると顕著な低下が認められた。


b.アンモニア量と歯周組織の臨床的および歯周ポケット内微生物の動態と関連性について

 前述の判定基準により、明らかに口臭のある患者12名を対象として、 アンモニア量と歯周組織の臨床的および歯周ポケット内微生物の動態との関連性を検討した。

 また、臨床観察項目は、プラークの蓄積量の指数であるO'LearyらのPCR値、 歯肉の炎症を表わす指数であるLöeとSilnessのgingival index(GI値)、 歯周組織の病態と相関性があるとされているPeriotoron®によるgingival crevicular fluid(GCF値)、 歯周ポケットの深さ(歯周組織が正常であれば、歯と歯肉の隙間は1mm程度であるが、 歯周病が進むと4mmとか、5mmとか、その隙間が深くなる)をmm単位で計測するpocket depth(PD)の4項目について観察した。

 位相差顕微鏡による歯周ポケット内微生物の観察方法は、歯周ポケットからペーパーポイント法により採取したプラークを、 通法により位相差顕微鏡下で総微生物数および総微生物に占める運動性微生物、すなわち、 運動性桿状菌とスピロヘータの割合を検索した(歯周組織の病態と歯周ポケット内微生物との間には相関性があるとされている)。

 図4は各被験者ごとのアンモニア量とPCR値をプロットしたものである。有意な正の相関性が認められた。

 また、アンモニア量とGI値、アンモニア量とGCF量およびアンモニア量とPDともに、 右肩上がりの傾向が認められたが、有意な相関性は認められなかった。

 アンモニア量と位相差顕微鏡による歯周ポケット内総微生物数およびアンモニア量と総微生物に占める運動性微生物の構成率(図5)は 両者ともに有意な正の相関性が認められた。

 以上の結果から、アンモニア量と臨床的パラメーター4項目および総微生物数および運動性微生物の構成率との間に相関傾向を示し、 とくにPCR値および歯周ポケット内微生物との間には有意な正の相関性が認められた。


c.歯周基本治療を施した後の状態を初診時と比較検討を行った結果について

 前の実験と同様に被験者は口臭のある患者12名とした。

 臨床観察項目あるいは歯周ポケット内微生物の観察方法は前の実験と同様である。

 また、臨床的観察、歯周ポケット内微生物の観察およびアンモニア量の測定の時期は初診時および主として、 プラークコントロール(ブラッシングなどの指導)およびルートプレーニング(歯石を除去したり、 根面を平滑にする)など基本治療終了後の再評価の時点とした。

 臨床的パラメーターのうちPCR値、GI値およびPDは被験者12名ともに、 初診時に比較して基本治療後の方が低下していた。また、GCF量は横ばい状態の症例もあったが、 大半は基本治療後の方が低下していた。さらに、 位相差顕微鏡による歯周ポケット内総微生物数ならびに総微生物に占める運動性微生物の構成率は全症例ともに、 初診時と比較して基本治療後の方が数値は低下していた。

 図6は治療前後のアンモニア量の変化である。各症例ともに、 初診時と比較して基本治療後の方が数値は低下していた。


 次に、臨床的パラメーターおよび歯周ポケット内微生物の動態とアンモニア量との相関性をみるために、 患者ごとに、しかも初診時および基本治療後の数値をプロットするとアンモニア量とPCR値、アンモニア量とGI値、 アンモニア量とGCF量およびアンモニア量とPD(図7)というように、 アンモニア量と臨床的パラメーター4項目ともに有意な相関性が認められた。また、 アンモニア量と位相差顕微鏡による歯周ポケット内総微生物数および、 アンモニア量と総微生物に占める運動性微生物の構成率(図8)はともに正の相関性が認められた。

 以上の通り、われわれの開発した口臭検査装置で測定したアンモニア量は、 初診時および基本治療後の歯周組織の臨床的パラメーターおよび歯周ポケット内微生物動態と有意な正の相関性が認められ、 今後、口臭患者の客観的評価に大いに役立つことが確認できた。

おわりに

 新しく開発した口臭検査装置はgas chromatographのような実験室でしか測定できない大きな設備も必要とせず、 歯科診療のチェアーサイドで検査ができ、また、(原稿枚数の関係で記述できなかったが)、 前述の判定基準で明らかに口臭のある患者で、市販の口臭探知器では正常値を示したものが、 本装置では正確に測定できるなど大きな利点も兼ね備えている。したがって、本装置は今後、 実際の臨床の場における口臭患者の診断、 評価あるいは口臭心身症などの患者のカウンセリングに大いに役立つものといえる。